銀髪の、黒衣の魔導師の眼前にあるのは一つの入り口だった。

 ごつごつとした洞穴は、ここが天然のダンジョンだということを示している。

 黒衣の魔導師・・・シェゾ・ウィグィィが足を踏み出すと同時、彼は甲高い声に呼び止められた。

 「またお前か」

 そこにいるのは、青い魔導装甲スーツに身を包んだ女魔導師。

 「またボクで悪かったね。キミもこのダンジョンに挑むの?」

 『キミは』、ではなく『キミも』である。女魔導師・・・アルル・ナジャもこのダンジョンに挑む。

 「わりぃか」

 「ん? 別に構わないよ。悪いってことにしてもいいけど」

 「・・・オレの邪魔はするなよ」

 そういって会話を切り上げ、シェゾは洞穴に目を向けた。

 「ぐぅっ!?」

 一歩踏み出したシェゾの首もとが締め付けられた。アルルがマントを強く引いた結果だ。

 「何しやがるっ」

 「ねー、どうせ行くなら一緒に行こうよ。キミとボクの力があれば恐いもん無し!」

 「ぐー!」

 アルル・ナジャの左肩でカーバンクルが声をあげる。

 「カーくんも仲間に入れて欲しいって! 三人あれば恐いもん無しだよねっ!」

 「何が悲しくてお前らと一緒に行かなきゃならんのだ・・・ぐぇ!?」

 シェゾの反論は完璧に無視されていた。

 「さっ、レッツラゴー!」

 マントをつかまれ、引きずられているシェゾに選択肢は無かった。

 そんなドタバタで、彼らはそばにあった『カップルダンジョンパンフレットv』なる

 怪しい案内書を見逃していた。

 

 

 「わっ・・・ライティング!」

 アルルが小石に火を灯すと同時、冒頭の言語がいきなり覆される事になった。

 外から見ると奥の方まで洞窟に見えたダンジョンは、

 二人が入ると同時に外からの光を遮断した。

 その時点では二人は天然のダンジョンに少し細工がされてある、としか思わなかった。

 だが明かりが灯ると、深緑とうっすら青みがかった白の何処から見ても人工的で無機質な

 タイルが敷き詰められていた。自然さを残すのは土壁のみ。

 「シェゾ・・・出口が・・・」

 アルルの言うとおり、本来出口のあったところは土壁と化している。

 「進むしかないわけか・・・チッ」

 背を向けて、それを凝視する。

 「・・・どう思う?」

 シェゾの目前には左手に赤い小さな宝箱、右手に青い大きな宝箱が置かれていた。

 「うーん? 怪しいよねぇ、こんなはじめっから・・・」

 その奥に扉が見える。開けずに行く事も出来るようだ。

 「あ、シェゾ コレ見てよ」

 アルルが示す先に、一枚のピンクのプレートがある。

 「えっと・・・『どちらかひとつだけ開けてねv 一人で二つ開けると爆発するよv』だって」

 「ふざけてんのか? ここの主は」

 少なくともシェゾには、それ以外に考えられなかった。

 「どっち開けよっか?」

 「好きにしろ」

 その声を聞いて、何やら唸りつつ宝箱の周囲を回り始めた。

 「うん、こっちの赤い方にするよ」

 そういって、二人は立ち止まる。

 「・・・なんでとっとと開けんのだ」

 「危ないじゃん、キミが開けてよ」

 二人は既に喧嘩腰、間に不可視の火花が散っている。

 「ならじゃんけんで勝負だよっ!」

 二人は掛け声と共に手を突き出す。パーとグーだ。

 「さ、ボクが勝ったんだから開けて来てよね!」

 (・・・こいつ、協力する気じゃなくて扱き使うつもりか?)

 シェゾは舌打ちしつつ宝箱へ向かい、手をかける。

 「こぉんにちわぁ〜☆」

 中にいたのがミニゾンビだという事を理解するのに、

 普段の彼からは考えられない時間がかかった。

 当然、彼が宝箱を閉めるのも遅れた。

 「ちょっと、なんで閉めるのさ!? ボク中身見てないんだよ!?」

 「いや、臭い『者』にはフタというだろ?」

 「なんだよそれ!? もうっ!」

 怒りのために言語が意味を成さなくなった彼女は、とっとと扉をくぐってしまった。

 「・・・はぁ」

 (・・・ここを出たとき 精神的に無事だろうか?)

 それは彼の潜在的な考え。表面に浮かび上がってくることは無かった。

 表面に浮かび上がるにしては、直感での考えにすぎていた。

 彼もまた扉をくぐる。

 

 

 長方形の、怪しい部屋だった。艶かしいともいえる紫の壁、

 部屋を見渡すのには不自由しないが、何か心細さを感じさせる薄暗さ。

 なぜかライティングの光が消えてしまった事もそれをあおる。

 「・・・」

 二人とも黙して語らず、それに釘付けになっていた。

 「・・・おいアルル、あれは・・・?」

 「? ・・・マッチョな変な人の像じゃない?」

 「いや、それは分かる」

 アルルの言葉どおり、筋肉質な男の上半身の像が四体飾られている。

 しかし、異質なのはそれが裸体の像であったり、奇妙な紫である事。

 もう一つ異質・・・いや、異常なのは、どうみても化粧をしているようにしか見えない事。

 顔だけが女装をしているようなのだ。

 それも中途半端であり、さらに肉体はどう見ても男性な為に気持ち悪い事この上ない

 分かる人のために言うと、『双子のエステテイシャン』の片割れのようなのだ。

 「まさか・・・コレをどうにかしろと?」

 この部屋には他に出入り口がない。先に進むにはそれしかないだろう。

 「ぅ・・・」

 シェゾが少し呻き、凍りつく。アルルは少し距離を置き傍観者になることしか出来ない。

 距離を遠ざける事も、それ以上の呻きをあげることももはや無理だった。

 「背が高いわねぇ、かぁっこいいv 筋肉のつき具合も程よいし、無駄な肉もないし・・・

 でもやっぱり、もう少し背が低い方がアタシの理想ねぇ・・・

 いいわ、第一ロックを解除してア・ゲ・ル☆」

 像がシェゾの身体を触り、感想を述べた。毒でも浴びたかのようにくずれおる。

 「シ、シェゾ!?」

 あわててアルルが駆け寄って座り込み、彼を抱き上げようとする。

 顔色―― 否、肌の色は蒼白になり、眼も焦点を定めず頼りなくゆれていた。

 「ヒーリング!」

 彼女が慌てて唱えた治癒魔法も、生理的嫌悪感を消す事はできない。

 「・・・わかったよシェゾ。後の像はボクが引き受けるから休んでて」

 「まぁ、甲殻質の身体なのねぇ。それはそれでカッコいいけど、私の好みからは

 それちゃうわねぇ。でも、背の低い男の子歓迎よv ミルクなんて飲んぢゃダメよ。

 伸びちゃったら私の許容範囲から完全にはみ出ちゃうからね、ウフッ☆

 第二ロック、この子のためにダ・イ・シ・キュ・ウ解除したげてぇんv」

 「あら、硬いわね。私の理想は程よい肩さと柔らかさよ!

 でも、これはこれで好感的ねぇ・・・こんな子も可愛いわぁ・・・v

 背丈もちょうどいいくらいだし・・・うん、いいわいいわ!

 第三ロック、すぐに解除したげるわぁv」

 その光景は異様である。アルルは趣味の悪い像に触られ「これ面白ーい!」等と言っているし、

 像の方は本気で目をハート型に変形させている。その横ではシェゾが激しく嘔吐しているのだ。

 「四つめー!」

 「ち、ちょっと 待て、アルル」

 「ほえ?」

 「耳栓か 何か、持って ないか・・・?」

 かろうじてアルルに焦点をあわせている状態の彼は、彼女の異常な神経にはついていけない。

 彼の場合はおそらく触感しか持っていない像の声を聞くだけでも相当なダメージなのだろう。

 それに、シェゾはローブなのに対しアルルは硬い魔導装甲スーツである。

 「うーん・・・ないなぁ・・・

 あ、カメの心臓ならあるよ。いる?」

 シェゾは間抜けな擦れた声を搾り出す。彼女の行動は話が繋がるのを拒否しているようだ。

 「カメの心臓はダメかぁ・・・

 コレはどう? 焼きそば味のガム。噛んで耳に詰めるとか」

 「焼きそば味って ところ で 、却下・・・」

 「えぇ? なんでそこで却下?

 ・・・でも、他にないよ。」

 「・・・なら・・・いい」

 (大丈夫なんだろうか・・・?)

 アルルはその言葉を、口には出さなかった。

 「あらぁ、筋肉質ねぇ。毎日トレーニングしてるとか?

 ちょおっと休んで楽しく行ってみたらぁ? まぁ、カッコイイから許すわv

 これぐらい筋肉質だったらもうちょっと背伸ばしたらもっと良くなるんじゃなぁい?

 よぉし、第四ロック解除よv がぁんばぁってねぇ〜ん☆」

 アルルの筋肉質な身体=装甲スーツを触り終えた像が喋り終えると同時に、

 最初の出入り口の対となる場所の壁が競り上がっていった。

 その向こうにある十二体の像を目にし、シェゾは薄れ逝く意識を感じた。

 

 

 

 

 

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