「アレイアード」
・・・どこかの、街道でだった。
ボクたちが、その静かな呪文に負けたのは。
1.
―― その闇は、周りの光どころか私達の声まで吸い込んでいった。
私達を中心に、煙が立った。
・・・アイツの魔法って・・・こんなに強力だったワケ?
必死にかばったにもかかわらず、傍らにいる少女は気絶している。
・・・自分も、もう一発アレがきたらやばいのを知りつつ、その娘をかばえる位置に立った。
いや・・・立ててはいない。
体がそこまで許してはくれない。
煙が空に消えても・・・。
私は、立つことが出来てはいなかった。
かろうじて膝をついて左腕を伸ばし、右腕は地面についていた。
・・・それぐらいしか出来ない。
そして・・・目の前の剣を構えた男をにらみつける。
アイツの眼がよく見える・・・。
その眼は、ほんっ・・・の少しだけ迷っているようにも見えた。
・・・あいつの事だし、きっと私の『希望』みたいなもんが見せたマボロシね。
証拠に、アイツは私に呪文を放った。
・・・抵抗できなかった。
体が重くて、逃げられはしない。
それ以前に後ろの少女を守らなくちゃいけない。
氣功技でカウンターする体力も時間もない。
それだけ速くて、それだけズタボロにされていた。
・・・この私が、あの男なんかに。
・・・大きく吹き飛ばされた。
私の身体だけが。
守らなくてはいけない少女が、遠い。
遠い・・・。
空を向いた形で叩きつけられた私は、すぐさま回転し、手を地に付いて顔を上げた。
・・・あの娘のすぐ前に・・・あいつが立っている。
その目は閉じられ、口は呪文をつむいでいるようだった。
必死に止めようと、言葉を放った。
・・・でも。
心でもう一人の自分が言った言葉が気になって・・・よく、覚えていない。
――そんな事言ってる暇があったら、さっさと立ちなさいよ。
あの娘の魔力が全部ヘンタイ魔導師に取られちゃうかもしれないのよ!
そしたらっ!!!――
ここで・・・私が言っている言葉も、もう一人の私が言っている言葉も・・・途切れた。
・・・夜の湖の中とか、宇宙とかって。
そんなのってこんな色なのかしら。
そんな感じの真っ黒い水みたいなものがあの娘を包み込み、あの娘の身体が浮いた。
あの娘の身体が、びくびくケイレンしている。
そんな様子を私は・・・ただ・・・ボーッと・・・見ていた。
・・・やっぱり、私は、これがマボロシで、もう少しすれば消えてくれると思ってる。
――そうじゃないこと・・・うすうすどころかちゃんと分かってるくせに――
2.
灯をともさずに、深い洞窟に潜ったら、こんな感じなのかな・・・
そんな感じの『闇』がハレツした。
「アレイアード」
・・・静かな声。
それに対してボクは、腕を目の前でクロスさせて声を張り上げた。
「シールドッ!!!」
唱えた声がとても静かだったのに、すさまじい威力のアレイアード。
ボクが声を張り上げて作ったシールドは・・・何の意味も持つことが出来ない。
ボクを倒すことしか考えてない黒い魔力は、いともあっさりと障壁を突き破る。
・・・水面に手を突っ込むかのように、簡単に。
「闘氣放撃ーーーっ!!」
ボクに迫る黒い槍を、青い髪の女性が打ち消そうとする。
・・・それすらも。
荒れ狂う嵐の中のカミナリみたいなそれを、かき消せない。
明らかに・・・強い。
「きゃああああっ!!」
「うわあああっ!!」
激しい爆発はボク達を吹き飛ばし、体力を根こそぎ奪ってゆく。
ボク達の悲鳴すら押しつぶそうとする、黒龍。
女性に守られていたというのに・・・
ボクはその場に倒れた。
気絶こそしていない。
けど・・・『すっごく』じゃ全然足りないくらい痛い。
体中が『ズキズキ』いってる。
立てない・・・っ。
青い髪の女性は・・・ボクのためにがんばってくれているのに。
ボクのために。
自分だって、ボクをかばって攻撃を受けたのに。
ボクは一人かばわれて。
何もできない。
しようとすらしていない。
今も・・・その人は、ボクを守る形で立った・・・と、思う。
気配でなんとなく分かる。
・・・ボクは、こんなことをできても、その女の人を助けられない。
自分を守ることすらできない。
だから、ボクをかばってくれる人をも傷つけてしまう。
強かったらよかったのに。
もっと、強ければ。
めったに発動しない潜在能力。
それはあると嬉しいよ。
助かることもよくあるし。
けど・・・それが、発動しなかったがために、結局は・・・
急速に魔力が集まってる場所がある。
・・・黒服の魔導師がいると思われる場所だ。
「邪魔だ」
どぉんっ!
ボクの前にいた女性が、倒れているボクの上を・・・後ろを・・・通り過ぎた。
・・・結局は、守れない。
みんなどころか、自分さえも。
自分だけでも守れていれば。
今、ボクをかばってくれた女性は・・・こんな目にあわなくてすんだんだよね?
その女の人は、ボクを助けようと必死で口を開く。
「ちょっと・・・アンタ本気でやるつもりなの!?
前は仲間だった奴を、よくもそんな簡単に・・・」
・・・そのいつもより弱い声は、
少しだけ大きさを増した闇の魔導師の呪文でかき消された。
それだけ、近づいてきている。
――怖い
どっかで聞いた。
もし、人やアイテムに魔力を取られちゃう場合、
なんとかして回避しないと・・・魔力がなくなって死んじゃうって。
――怖いよ――
ボクは、まだやりたいことを半分できたかどうかさえわかんない。
全部なんか絶対できてない。
まだ一人前の魔導師になってない。
魔導学校に着いてすらいない。
まだお父さんを見つけちゃいない。
『――エヴスオウブ』
ボクの身体が真っ黒い闇に包まれた。
宙に浮いている。
その中でボクの身体がゆらぐ。はねる。
細胞単位でほぐれて、バラバラになる。
どんどんと、力が抜ける。消える。
僕の身体から精霊達が連れ去られていく。
――怖い――
ボクの夢も、希望も、全部砂になって消えていく。
――怖いよっ!――
――ボクが、ボクじゃなくなっていく――
なのに・・・ボクの潜在能力は、発動しない。
当然なのかもしれないけど。
そんなことを考えていたボクの身体が落ちた。
闇も、一緒に溶けて消えた。
・・・もう、みんなの様子が声でしかわからない。
魔導師が・・・口を開いた。
「お前に免じて・・・命まではとらないでやる。
感謝するんだな」
それが・・・ボクに向かって言ったのか、違うのか・・・それすらわからない。
ヒュオオオオンッ・・・!
空間転移の音。
黒服の魔導師は、ここにはもういないのだろう。
そんなことを考えているところだけが、かろうじて働いている。
でも、頭の他の部分は真っ白い霧に包まれているような気がして。
その白い霧が、ついさっき頭が働いていた場所すら覆っていく。
なんだか、どこもかしこも・・・全部、鈍い。
視界は、そんなボクの頭と反対に黒い霧でぼやけていく。
僕の名を呼ぶ絶叫にも近いその声。
それが聞こえたのとほぼ同じ・・・かな。
目の前にうっすらと迫っていた黒い霧が突如爆発して・・・
目の前も、頭も、真っ暗になった。
3.
その日、ボクは一度に二つの嘘を知った。
それも・・・滅多に嘘をつかない人の。
二人とも、これをのぞけば一度もついたことがないかもしれない。
手紙には、その日見た夢と同じことが書いてあった。
・・・悪夢。
詳しいことは思い出せない、夢みたいな思い出。
けど確かに・・・いつか、誰かと、結んだ小指。
―― 幼い頃の、約束。
「っ!?」
一気に目が覚めたボクは、いろんな事を無視して立ち上がった。
「ファイヤーッ!」
手を突き出しても、水面の様にゆらめいている僕の目には、
炎の赤い色が全然見えない。
「アイスストームッ!」
いろんな思いが複雑に絡み合って邪魔しているボクの耳をすませても、
激しい氷の効果音は聞こえない。
「ライトニングッ!」
鼻が詰まってるボクの嗅覚は、草がこげるようなにおいを感じ取れない。
「ブラストッ!」
激しい爆発に、ボクの身体が吹き飛ばされそうには、ならない。
「ヒーリングッ!」
傷ついたボクの身体は、心地良いベールの感触を受け入れない。
その心地良いベールにボクが包まれる事は・・・ない。
きっと、もう、ない・・・。
―― そんなの、やだっ!
「ファイヤーブラスト!アイス!ライトニングアロー!ダイアキュート!ホーリーレーザー!
リバイア!ライトニング・バースト!ファイヤーストーム!ジュゲム!」
ありったけの呪文を唱える。
でも。
ボクの苦手な魔法も、得意な魔法も。
何もおきない。
・・・何も。
ボクは、膝をついた。
――もう、約束は、はたせない。
4.
ようやくパニックを静めた私は、この娘に氣を送り続けていた。
自分の傷も結構深い。
でも、この子よりはひどくない。
・・・私はこの娘をおこして、落ち着かせて、アイツから魔力を奪い返させる義務がある。
――だって・・・守りきれなかったんですもの。
気絶してたとかなら、まだいい。
でも、私は・・・ちゃんと意識を保ってた。
ちゃんとこの娘をまもらなくちゃいけないとわかってた。
――でも。
それでも、私はこの娘を守ることが出来なかった。
――あんなに形で負けた事にも、それが自分の『心』が弱かったせいな事にも、
くやしい。くやしくて・・・腹が立つ。
ふと見ると、この娘の頬にも涙のあとがついている。
私はなんとなく『ありえない』一つの可能性を考えてしまったが、まぁそれはこのさいどうでもいい。
その『どーでもよさすぎるorありえない』可能性はすぐに断ち切られた。
目を開けたこの娘の顔にも涙がたまっていた。
その少女は、私に抱えられた状態から逃げるように立ち上がった。
「っ!?」
ちょっと、まだ怪我が治ってないのに・・・と続けようとした口は、開ける事が出来なかった。
「ファイヤーッ!」
少女が、魔法を唱えたから。
「アイスストームッ!」
私には、使うことの出来ない、魔法。
「ライトニングッ!」
サタンさまに認められたいがゆえに必要な、魔法。
「ブラストッ!」
でも・・・。
「ヒーリングッ!」
あの娘の強力な魔法は、違う。
「ファイヤーブラスト!」
私のように、認められたいから使っているのではない。
「アイス!」
自分や、仲間たちを守ることが出来る、魔法。
「ライトニングアロー!」
あの娘の夢そのものともいえる、魔法。
「ダイアキュート!」
あの娘の存在が任せられている、魔法。
「ホーリーレーザー!」
その魔法を、あの娘は・・・自分の存在と重ねて使っている。
「リバイア!」
魔法があれば、皆を守れるし、あの娘自身の夢につながる。
「ライトニング・バースト!」
けれども・・・
「ファイヤーストーム!」
なのに・・・。
「ジュゲム!」
何も、おきない。・・・何も。
今までにあの少女が使った魔法は、全部幻覚だったんだよ。
まるで・・・そういわれているかのように。
少女は、膝をついた。
・・・少女の名前を呼んだ。
少女は、呼びかけに応じない。
前のように無理に笑顔を作ることもしない。
ただ、泣いているだけ。
それだけだった・・・。
5.
「立ちなさいよっ!」
泣き崩れたボクにふってきたのは・・・
きつくて、彼女らしくて、ボクのことを精一杯思ってくれている、その言葉。
・・・それは分かるのに。
「立ちなさいっ!」
・・・やだよ・・・
立ったって、どうにもならないもん・・・
いっつもより暗くなっているボクは、それを拒む。
ボクを心配しての言葉だって、分かってんのに。
―― ギュッ!
いちなりボクのほっぺがつまみあげられ、無理矢理に立たされた。
「泣いてたって何にもならないでしょーっ!?」
エメラルドの後ろに黒い布を置いて、それをぬ水にぬらしたらこんなかんじになるのかな・・・?
ボクは、そんな目をした女性をボーっと見ていた・・・
「取られたら取り返す!
これぐらい基本中の基本中の基本よっ!
目に見えなくても大切なものは大切なものに変わりないに決まってるんだから!」
「・・・取り返せないよ」
ボクは・・・そういって、目をそらした。
「はぁ?アンタ何・・・」
「無理だよっ!」
女性のほうに向き直りながら、言葉をさえぎる。
「ボクと二人がかりで勝てなかったのに!?」
「・・・」
二人とも続けれなくて、あたりの風と、草と草のこすれる音が少し大きくなった。
ボクは、考えた挙句、うつむいて・・・続けた。
「ボクに魔力はもう無いし、その魔力は向こうにあるんだよ。
どこをどうやったって、勝てるはずが・・・」
「あるわよっ!」
ボクらしくないボクの口調は、急にさえぎられた。
自分の目を女性の緑の目にあわせる。
「確かに力じゃ勝てないかもしれないわ。
でも、使えるのはそれだけじゃないでしょう!?」
「・・・それだけだよ。がんばっても、勝てはしないよ」
・・・そう、言い切った。
目の前の女性が、僕のためを思ってくれてることは分かるのに。
ボクは、受け入れようとしない。
「もう・・・いいから。大丈夫だから」
そういいきったボクに続いたのは、キツイ言葉。
「大丈夫じゃないっ!」
指でボクの花の辺りを『びしっ!』と刺す女の人の目は・・・ボクをにらみつけている。
「あんたねぇ!一体いつからそんな弱気になったのよ!
あんたらしくないわっ!」
そこまで一気に言って、僕の返事を待つ。
・・・が、ボクが返事を返さなかったからなのか。
こんなに冷たくてキツイ言葉を放った。
6.
「立ちなさいよっ!」
私の口から出たのは・・・そんな言葉だった。
もう・・・イヤで。
こんなこの娘を見ているのがイヤで。
「立ちなさいっ!」
反応無し。
いろんな事でイライラしてた私は、このにくらしー小娘のほっぺをつまみ、強制的に立たせた。
「泣いてたって何にもならないでしょーっ!?」
でも、金無垢の瞳の少女は・・・こちらから目をそらすことはしないものの、泣いたまま。
「取られたら取り返す!
これぐらい基本中の基本中の基本よっ!
目に見えなくても大切なものは大切なものに変わりないに決まってるんだから!」
「・・・取り返せないよ」
――え?――
亜麻色の髪がゆれ、私の立ち位置からは表情が見えなくなる。
その静かな言葉は、彼女らしくなくって・・・
ボーっとしてしまった自分を我に帰らせ、かろうじて問う。
「はぁ?アンタ何・・・」
「無理だよっ!」
打って変わって強い声。
「ボクと二人がかりで勝てなかったのに!?」
「・・・」
言葉が詰まる。それぐらい子の言葉は直線的で、強くって。
金色の瞳がこちらを見る。
ただ単にジーッと見てるのか、それともにらんでるのかわからない目のまま、口を開く。
「ボクに魔力はもう無いし、その魔力は向こうにあるんだよ。
どこをどうやったって、勝てるはずが・・・」
「あるわよっ!」
トゲだらけの言葉。・・・八つ当たりしてる気もするのだが。
あいつに負けたのも悔しいし、ひとっつも躊躇せずこの娘から魔力を奪ったアイツもムカつく。
この娘を守れなかったことにも腹立たしいし、
ホゲホゲ娘がとりえ一つ失っただけでもう一つのとりえ――つまり、『ホゲホゲ』がなくなって、
めそめそするだけの『しくしく娘』になってるのもイライラする。
それに――私は、この娘をもう一度、元気印の女の子に戻すことすら容易にできない。
「確かに力じゃ勝てないかもしれないわ。
でも、使えるのはそれだけじゃないでしょう!?」
そういう事をしてでも、私は、この憎らしい小娘を助けたい。
「・・・それだけだよ。がんばっても、勝てはしないよ」
私の想い人の心は、この小娘に向いている。
この娘がこのままなら、あのお方もこのちんちくりんからそっぽを向いて、
ほんの少しは私の事を考えてくれるかもしれない。
――でも。
「もう・・・いいから。大丈夫だから」
今のこの少女の暗さが嫌いなのは、事実。
「大丈夫じゃないっ!」
この少女の素直さが羨ましいのは、事実。
「あんたねぇ!一体いつからそんな弱気になったのよ!
あんたらしくないわっ!」
この少女の明るさが好きなのは、事実。
・・・私は、私自身の力でこの少女に勝つと決めたから。
それに――大切な、親友